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鯖江について

めがねの聖地、鯖江。

福井県鯖江市は人口6万8千人あまりで20万株のツツジや桜、レッサーパンダ飼育数で日本一の西山公園があり、デザインのイタリア、大量生産の中国、に対して、秀でた技術が集積した『技術の鯖江』と称されています。現在は600を超える眼鏡メーカーや部品メーカー、商社が集まるめがねの聖地です。

鯖江での眼鏡作りのはじまり―spirits―

今から110年以上前の1905年まだ電気も、車も福井にはない時代、冬の農閑期に出来る仕事がないかを探していた増永五右衛門によって伝えられました。
いくつもの事業を持ち込んだがうまくいかず、一番最後にやりだしたのが眼鏡だったそうです。
彼は、細かい細工の眼鏡を見て、村の宮大工しかできないだろうと、宮大工を尋ねました。しかし「なんでそんなことを、家業を捨ててまでやらなくちゃいけないんだ!しかも今まで何一つうまくいったことがないじゃないか」と何度も何度も断り続けたそうです。
その当時、医療も発達していなく目が悪いのは老人だけと思われている時代でした。

宮大工に当時10歳の娘がいましたが、学校に行っても文字の書き写しが出来ず、だんだん他の子と差が出き、学校の先生からは、知恵遅れだから、もう学校に通わせないでくださいと言われ、迫害を受けながら、家事手伝いなどの雑用仕事をしていました、両親は彼女を不便だと嘆いていたそうです。

そんな彼女の動作・しぐさを見ていた、増永五右衛門の弟が、もしかしてその子は目が悪いだけじゃないかと思い、みんなには黙って眼鏡を取り寄せ、宮大工に「彼女に眼鏡を掛けさせてもいいですか?」と、その眼鏡をかけた瞬間、彼女は泣きながらこう言ったそうです。

「お父さんとお母さんの顔が見える。」と

そして三人は抱き合い沈黙の後、「わかりました、まだまだ困っている人はいるでしょう、困っている人のためなら、やりましょう。」

これが福井県鯖江に眼鏡産業が始まった瞬間です。

 

先人たちは、眼鏡は人の体の一部になるもの、人の為になるものという思いと、より良いものを作ろうという精神が福井県鯖江を世界三大眼鏡産地にしたのです。

 

この思いは、決して忘れてはいけません。この歴史の上に私たちがいることや、それを次の世代に伝えていくことが、福井県鯖江で眼鏡を作り続ける理由です。

鯖江の三大産業。

鯖江の三大産業は、眼鏡・漆器・繊維。それぞれに歴史があり漆器・繊維とも1500年以上の歴史があります。